銀の風

序章・大山脈を越えて
 ―2話・霧の山の怪物―



翌日の昼過ぎ、ようやく一行は山の頂上にさしかかろうとしていた。
草むらを掻き分け、見晴らしのよい崖の近くで一旦立ち止まる。
「何かよー、ちょっと周りが見やすくなってねーか?」
リトラが、きょろきょろと辺りを見回す。
「ほんとだ〜、あっちのお山が見えるよー」
うっすらと辺りや遠くの風景が確認できる。
昨日に比べると、かなり視界がよくなっているようだ。
「おーマジだ。」
うっすらとはいえ、山脈の山々の美しく険しい輪郭が浮かび上がっている。
天気がよければもっと良かったのに。などと考えてしまいそうだ。
ちなみにこのフォッグ山においては、
そんな日は年に数回あればいいほうだが。
「し!2人共、敵やで!!」
と、突如リュフタが低くうなるような声で警告した。
とっさにリトラは斧を構える。
「うわ〜……」
恐る恐るといった顔もちでフィアスもはりせんを持つ。
うっすらかかる霧の中から、グリフォンのようなシルエットが浮かび上がった。
徐々に近づいてくるにつれて、その姿がより鮮明に現れていく。
「ありゃ確か・・ファルグル?」
心持ち自信なさそうに、リトラが呟いた。
あまり有名ではないモンスターなので、記憶が少しあいまいなのだ。
「そうやな、あの翼にあの顔。まちごうないで!」
ワシの顔と翼に、ライオンの体。グリフォンより一回り小さいその亜種である。
グリフォンと比べれば遥かにましだが、駆け出しの冒険者には十分な脅威だ。
「おいフィアス!足手まといになるから下がってろ!!」
文字通り怒鳴りつけて、空いている手でフィアスを制する。
護衛対象に怪我をさせないようにという発想も多少あるが、
それ以上に、足場も視界も悪いこんなところで加勢されても、
こっちが逆に危ないからだ。
「むっ、ひどいよ〜〜〜!」
邪険にされてかなり頭に来たらしく、フィアスは頬を膨らませた。
とはいえ、実際のところ役に立てるかは怪しいものだ。
「ぐがぁぁ!!」
こちらが少々まごついていたせいか、威嚇もなしにいきなり飛びかかってきた。
鋭い爪の一撃をリトラに浴びせかけようとする。
「おっと。」
しかし、その前足の一撃をリトラは軽くかわした。
攻撃をはずされたファルグルは、益々うなり声を上げる。
「リトラはん、めっちゃやる気ないなぁ……」
半ばあきれたようにリトラを見る。
「だって、こいつ動き方がわかりやすいんだよ。」
百戦の強者と言うわけではないが、ずいぶん戦いなれている様子を見せる。
この大陸にたどり着いてからフィアスと会う前に、
モンスターとの戦闘など腐るほどあった。
要するに慣れっこ、というわけだ。
「すごいねー……おどろいちゃった。」
フィアスは思いっきり飛びのいたらしい。少々息が荒かった。
呼吸を整えながら、リトラを尊敬するような目で見ている。
「おめーが驚きすぎだっ・・うわっ!」
突然上から振り下ろされてきた前足を、斧で弾く。
もう少しで、もろに切り裂かれるところだった。
「戦闘中に何よそ見しとんのや!」
当然、リュフタに怒られる。戦闘中に気を抜くなど、もっての外だ。
「こいつが話しかけてきたからだよ!!」
また同じことを繰り返すつもりだろうか。
「まえ〜〜!!」
泡食ったように口をパクパクさせ、
フィアスが腕をぶんぶん振って前を指差している。
「っ!だー、うっとおしいわぼけぇ!!」
言うが早いか、斧をブーメランにのように飛ばす。
斧技の1つ、トマホーク。
宙を回転しながら舞う斧は瞬く間に翼を引き裂き、返り血と共にリトラの手に戻る。
「ぐぎゃあぁぁ!!!」
もがき苦しむファルグル。翼があるものにとって、そこは急所だ。
血が滴り落ちる傷口を、必死に止血しようと舐めている。
勿論、この隙を逃すわけには行かない。
「こかんショーーット!!」
先ほどの怖がりようはどこへやら、そこにフィアスが飛び掛った。
男もしくはオスに対して、一種最強とも言える技・こかんショット。
はりせんとはいえ、どこかしらの急所に当たれば威力は絶大。
欠点は、懐に飛び込む必要があるため危険なこと。
この魔物はオスだったのだろう、のた打ち回り始めた。
その隙に、ちゃっかり全員で止めをさす。
斧に魔法とはりせんが同時にヒットし、ファルグルは息絶えた。
「ふ〜・・案外弱くて幸いやな。」
「だな。おいフィアス・・何してんだよおめー?」
ほっと一息ついたと思った矢先に、フィアスが何か始めた。
ファルグルの死体のそばにしゃがみこみ、得体の知れない音を立てている。
「フィ、フィアスちゃん……?」
恐る恐る、嫌な予感を感じながらリュフタが声をかけた。
「ひゃーひぃ?」
くるっと振り返ったフィアスの顔は、真っ赤な鮮血で染まっていた。
ご丁寧に、片手に短剣を持って肉を切っている。ステーキナイフか包丁のつもりだろう。
その口からはみ出ているものは、ファルグルの肉とおぼしき物体。
『うっぎゃーーーーーーー!!!!!』
一人と一匹の絶叫が鳴り響く。
普通、こんなものを何の気構えもなしに見せられれば当然だが。
「ひゃーひひゃの?」
口の中でもごもご言っているため、全く意味が分からない。
きょとんとした顔をしているので、
かろうじて不思議そうに言ったという事だけが分かった。
「てっめぇなぁ……」
多分フィアスは、そこに鳥肉が出来たから食べただけのつもりだろう。
倒した獲物を、その場でおいしく頂く。実にワイルドで大自然の摂理に適った行動だ。
ちなみにこの大胆行動の最大の理由は、
恐らく小腹が空いたとか、そういう理由だろう。
「こんの……」
固く握られたリトラのこぶしが、わなわなと震えている。
「どーしたの?」
肉を飲み込んでから、フィアスはもう一度聞き返す。
そして、間髪いれずに短いリトラの堪忍袋の緒が切れた。
「いっぺん死ねーー!!この大食い魔人がーーーーーー!!!!!」
リトラの怒鳴り声は、山脈中に響き渡ったとか、渡らなかったとか。



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最初はシリアス、終わりはギャグ一直線。
少々新鮮すぎて気持ち悪いですね。新鮮な鳥肉?は、寄生虫にご注意(笑)
書いてからだいぶ経ったので、今見ると少し性格が変わってる気が。
特にフィアスの大胆なお食事は、今の性格だとちょっとやりそうにないです。
むしろ、未来のかけら〜の大食いコンビがやりそうですが。